鍼灸師を目指したきっかけは最初から明確な志があったわけではありません。
出産を経て、「手に職があれば」
という思いで鍼灸学校へ
進学しました。
待っていたのは子育てと家事、
記憶力低下の現実。
毎日必死でした。
それでも学ぶことは
新鮮で楽しかった。
実習で鍼を打ち合うたびに軽くなる感覚が好きで、特に美容に活かせると知った時は興奮でした。
免許取得後は、整形外科・鍼灸整骨院・美容部門が連携するグループに入職しました。
美容部門を志望していましたが、最初に配属されたのは整形外科。
理由は、目の前の方が鍼灸適応かどうかを判断できる知識を身につけるためです。
学生時代から整形外科疾患は苦手だったため、正直モヤモヤした気持ちはありました。
だけどやるしかない!!
「鍼をするか・しないか」を決めることも、臨床の一部。
安易に施術に入るのではなく、まず状態を見極める。
その積み重ねは、臨床に対する姿勢を大きく変えました。
7年目には併設の鍼灸整骨院で鍼灸部門を任され、西洋医学では改善が乏しい方の保険治療に携わるようになります。
6年間のブランクはありましたが、不安よりも鍼を打てる嬉しさの方が強かったのを覚えています。
痛みや機能改善と向き合う日々の中で、「判断する力」が鍼灸師としての土台になると実感しました。
この視点は現在もお客様との信頼関係を築く上で欠かせない軸となっています。
整形外科や鍼灸整骨院で臨床を重ねる中で私の中にあったのは
「美容鍼をやりたい」という気持ちでした。
体の鍼で培ってきた経験があれば、美容鍼にも自然につながるはず。
そんな時に出会ったのがお顔に
たくさん打つ美容鍼です。
「これを学べば、美容鍼ができるようになる」
藁をもつかむような気持ちで受講しました。
当時の私は、体の鍼と美容鍼を完全に別のものとして捉えていました。
体の鍼では、筋肉の状態を見て、動きを確認し、なぜ症状が出ているのかを考えることを当たり前にしていたにもかかわらず、
美容鍼になると、シミやたるみ、くすみといった“結果”ばかりを見てしまっていたのです。
また多数本が私にとって
難しかった。
次第に自己流で本数を減らしながら施術を行うようになり、
「変化出ますように」と願いながらbefor afterの写真を撮る日々。
施術を重ねるほど、心の中に残ったのは手応えよりも違和感でした。
こんなはずじゃない!!
同時に出会ったのが、16本という少ない本数で行う美容鍼と美容医療の正しい知識を学べる環境でした。
「シミ・シワ・たるみは、鍼では治らない」 という事実。
正直、衝撃でした。
美容鍼を学びたいと思っていた私にとって、それは「これまで信じてきた前提」が崩れる瞬間でもありました。
そこで初めて整理されたのは、
鍼で「できること」と「できないこと」
鍼は、見た目の悩みを“治す”ものではない。
筋肉の状態や動きを整えることで、 表情の使い方や印象に変化をもたらすもの。
この考え方に触れたとき、 体の鍼で大切にしてきた 「なぜそうなっているのかを考える視点」が、 初めて美容鍼とつながりました。
少ない本数でも、 表情がふっと柔らかくなる。
お悩みに合わせて「どの鍼を選ぶか」を考えられる。
そして何よりお客様の体感がこれまでとは明らかに違いました。
フォトウェディング前に来られたお客様からは、 「笑顔が自然に作れるようになったことも嬉しいけど、 一番良かったのは、眠れるようになったことです」 と。
美容だけを目的にしていたはずの施術で体の変化まで起きている。
美容だけじゃない美容鍼。
この気づきが私の鍼灸師人生を
大きく変えました。
大阪に通うたびに感じていました。
「福岡でも練習できる場所が
あれば」 と。
その想いから始めた美容鍼練習会。
参加者がいない回もありました。
また募集して誰からも応募なかったらどうしよう、恥ずかしい
そんな気持ちがよぎります。
それでも続けられたのは
参加してくれた先生のありがとうが
たまらなく嬉しかったから。
回を重ねるたびに、
「課題が明確になった」
「新しい気づきがあった」
「この場所があるから続けられた」
そんな声をいただける場と
なります。
2年間で23回開催する中で感じたのは、学びの場そのものが技術だけでなく「続ける力」になるということでした。
一方で、見えてきた課題を解決まで導けない自分への悔しさもありました。
その悔しさが、技術を磨き直す
原動力になりました。
練習会を重ねる中で、私が何度もいただいた言葉があります。 それは、「準備が丁寧」「安心して参加できる」という声でした。
マオ先生が福岡に研修で来られる機会をいただき練習会を企画しました。
参加してくださる先生と講師の先生、双方にとって最大限に有意義な時間にするにはどうしたらよいか。 準備の段階から、動線や進行、練習の流れまで細かく考え続けました。
大阪に行きたくても遠方で断念していた先生が美容鍼を学べる場を福岡でつくれたこと。
それは私にとって、大きな喜びでした。
練習会は、技術を伝える場であると同時に、「続けられる場所」をつくる場でもあります。
誰かの挑戦を支えること。
それが私にできる役割だと気づかせてもらいました。
認定試験には何度挑戦しても
不合格。
理由は、私自身の
“できてるつもり” になっていたことです。
鍼灸整骨院でやってきたという過去の経験と
プライドが過信に繋がっていたこと
やったという当たり前レベルが低かったこと
分かったつもりで基礎を飛ばして練習していました。
試験を落ちるたび、恥ずかしさや焦りを感じました。
周りの先生が合格していく中で、取り残されたような気持ちにもなりました。
今振り返ると、この時間は「やっているつもり」と「できている」の違いを突きつけられた期間だったと思います。
それでも諦めなかったのは
高みをめざす先生たちと同じ景色を見たかった!
やってこなかったかっこ悪い自分を受け入れ、体幹の固定、鍼の握り方、、基礎をひとつひとつ見直しました。
合格した先生にお願いして特訓もしていただきました。
素直にアドバイスを受け入れた
結果ーー
5度目でようやく合格。
遠回りした4年が、
ようやく “自信” に変わりました。
認定試験に合格したあと、次に求められたのは「自分の強みは何か」「誰に向けて伝えるのか」を言葉にすることでした。
講師として立つ準備を進める中で、私は立ち止まってしまいます。
自分が教える意味、自分である理由が分からなくなりました。
向き合う時間が必要だと分かっていながら、期限を理由に深く考えることから逃げてしまった。
結果としてタイムリミットに間に合わず、講師として立つことができませんでした。
技術があっても、自分と向き合えていなければ伝えられない。
その経験は、今でも私の中に強く残っています。
自分と向き合うことから逃げていた理由。
振り返ると、私は自己開示がとても少ないタイプでした。
できないことがあっても、どこかで「できているように」見せてしまう。
それはプライドの高さではなく弱さでした。
弱い部分を見せたら嫌われるのではないか。
できない自分には存在価値がないのではないか。
そんな怖さにずっと勝てずにいました。
だから、自分の強みや立ち位置を言葉にする場面で、本気で向き合うことから目を逸らしてしまった。
認定試験に合格しても、前に進めない悔しさと後悔でいっぱいでした。
1982年2月21日生まれ
福岡県福津市出身
西南学院大学卒業
ANAエアサービス福岡入社
グランドスタッフに従事
2009年
息子1歳の頃、鍼灸師の道へ
2012年
免許取得後は整形外科にて10年勤務
診断学を学び、健康保険治療の鍼を担当
2020年
どうしても美容鍼を諦めきれず
今の美容鍼と出会う
2021年
鍼灸サロンHARI plus 開院
2023年
講師制度 実技試験挑戦するも
不合格
同年、九州美容鍼練習会開催スタート
2025年
認定試験合格
《資格》
国家資格 はり師・きゅう師